学校法人朝日学園 明生情報ビジネス専門学校

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モスクワの観劇

モスクワでは、1か月に2回くらいはバレエやオペラの公演を見に行った。最初の1年半くらいはボリショイ劇場旧館が工事中だったので、ボリショイ劇場新館に通った。


旧館が再オープンした後はもちろんそちらに通った。


切符の予約はとてもかんたん。ボリショイ劇場のホームページの公演案内に入り、特定の公演を選ぶと、劇場の座席表が表示される。そこでほしい席を選び、クレジットカードで料金を払い、切符の引換券を印刷する。それを公演の当日に劇場の窓口に持って行って入場券に引き換える。


料金はオペラよりバレエのほうがずっと高い。一番高いパルテール(1階席)で、バレエの有名な演目、たとえば「白鳥の湖」では15000ルーブル(3万円)であるのに対し、オペラではムソルグスキーの重厚な傑作史劇「ボリス・ゴドノフ」でも6000ルーブル(12千円)程度。舞台装置はオペラのほうがずっと金がかかると思われるが、バレエのほうがずっと人気があるので、こういう料金設定になっているのかもしれない。


劇場の入り口のドアが開くのは開演の1時間前。私はいつもその時間には劇場へ行き、赤ワインとブーテルブロート(オープンサンド)を注文して開演までの時間を過ごした。この時間はいわばモラトリアムの時間で、日常から非日常へスイッチを切り替えるのに必要だった。日本で劇場のドアが開くのは開演30分前なのでこんなに優雅で豊かな時間を過ごすには短すぎる。


厳冬の時期にドアが開くと、観客たちがまず行くのはガルデローブ。ここにコートを預ける。私が預けたのはユニクロのダウンジャケット(ちなみにこのジャケットは-50度のカザフスタン国セミパラチンスクでも十分暖かかった)だったが、多くの女性たちはここで毛皮の帽子やコートを脱ぎ、きれいなドレス姿になる。分厚い冬用の靴もカラフルなハイヒールに履き替える。真冬のモスクワは毎日雲が低く垂れ込めている。日の出は午前10時過ぎで、午後4時ころには真っ暗になってしまう。黒い薄汚い根雪が凍結し、歩道は滑ってとても危ない。こういう陰鬱な時期に観劇はモスクワっ子にとって必須の娯楽なのだ。

ちなみに、舞台がはねた後、ガルデローブには観客が殺到する(家族、恋人のコートを取りに行くのは男の役目)。だから、コートを受け取るのにけっこう時間がかかる。これを避けたければ、コートを預けるときコート係のおばさんから小さい双眼鏡(まさにオペラグラス)を200ルーブルくらいで借りる。このオペラグラスは観劇の際もまあまあ役に立つが、もっと大切なのはコートを受け取るとき。長い行列の先頭に行ってオペラグラスを渡すとすぐにコートを取ってきてくれる。もらえる給料が安いので、これはコート係のおばさんたちのいわばサイドビジネス。これが黙認されているのがロシア社会。交通違反したときに警官に払う賄賂、ボリショイ劇場事務局の人気演目の切符の横流し。これはある種の受益者負担だと考えている。ロシア以外の多くの国でも体験したことだが、白黒の間のグレーの部分が日本社会よりずっと大きい。